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妖精さんの羽根

 ある田舎の小さな村外れに、ウィリーという名の狩人がいた。頭がよくて、背が高くて、見目もよい…街に出れば学者なり、兵士なり、役者なりもっと出世ができるものを、彼はこんな村外れでぼんやりのんびり、嫁ももらわず一人で暮らしていた。
 狩人とは言っても、必要最低限の狩りしかせず、気分がのらないときは、どんなに天気がよくても小屋の前でぼーっとひなたぼっこをしている。
 一人でいるのはきらくでいい。彼はいつもそう思っていた。
 その日もそうやってぼーっとひなたぼっこを楽しみ、やがてなんとなく立ち上がり、森に入ってちょっと先にある泉へ散歩しにいくことにした。
 せっかく森へ行くのだから、狩りの道具を持っていけばいいものを、ウィリーは何も持たずに出かけた。
 木洩れ日のさす明るい森をてくてく歩いて、目指した泉はすぐ見えてきた。
 透き通った水面には森の木々が映りこみ、そよ風に誘われて微かに波立つと、太陽の光を反射してキラキラと煌いた。
 ウィリーは泉の水をすくって飲み、そこに腰を下ろした。
 気持ちいいなぁ…。
 目を閉じると、泉をぬけたそよ風がさらさらと髪を撫でていった。
 ……。
 ……。
 ……。
 どれぐらいそこにいたのか、ウィリーはふと何かの気配を感じて、側の茂みを見つめた。
 なんだろう…。
 もしかしたら獣かもしれないというのに、ウィリーは緊張感もなく、がさがさと動く葉をじっと見ていた。
「よいしょっと…」
 小さな声が聞こえて、その茂みからぴょこっと何かが顔を出した。
 よく見たらそれは小さな小さな少年だった。人と同じ姿をしているのに、ウィリーの手の平に乗ってしまうほど小さい。
 これは一体…。
 たいして驚きもせずにぼーっと見ていたら、彼は勢いよく茂みから飛び出した。
 …あ。
 ウィリーはぽかんとそれを見ていた。
 少年の背には白く透き通った羽根があり、それを震わせてすいすい飛んで行く。泉の上でゆっくり降りて行った彼は、ちょんと足先で水面をつつき、波紋が出きると楽しそうに笑った。
 妖精さん…かな…?
 ウィリーは無邪気に遊ぶ彼を見つめて、少し微笑んだ。
 やがて彼はウィリーの存在に気付きもせずに、辺りを飛び回り、近くに生えていた小さな木になった赤い実を見つけた。
「これうまそうだなぁ」
 呟いたあと、その実に手を伸ばしたが、ウィリーにとっては指で摘むほどの小さな実も、彼にとってはスイカほどもある大きな実だった。両手で掴んでぎゅうっと引っ張ったが、実はびくともせず、彼は足を踏ん張って必死に実と格闘した。
「はぁ…とれないなぁ…」
 残念そうな顔をした彼があまりに気の毒で、ウィリーはそっと側に近寄ってみた。まだウィリーには気付かず、どうやって実を取ろうかと腕を組んで考えている。
 とってあげようか…。
 ウィリーは口に出さず、ひょいっと手を伸ばした。
 その瞬間、彼は小さな悲鳴を上げて振り向いた。
「に、人間っ」
「え?」
 ウィリーがきょとんとしていると、彼は驚いて目を見開いたまま、ぽちゃりと泉に落ちた。
「あ…っ」
 ぶくぶく沈んでしまった妖精は、いくら待っても上がって来なかった。逃げちゃったのかなと思っていたが、なんだかイヤな予感がして、ウィリーは水の中に目を凝らした。
 いた。
 ウィリーの足首までしかない水の中、妖精はじたばたもがいていた。慌ててウィリーは両手を差し出して、彼をすくい上げた。
 ウィリーの手の中でげほげほとせき込んだ妖精は、泣きそうな顔でウィリーを見上げた。
「……」
「……」
 じっと黙って見つめていたら、妖精はしゅんとして言った。
「…売るの?」
「え?」
「それとも見世物にするの?」
「…なんで?」
 ウィリーが首を傾げると、妖精は戸惑いながら顔を上げた。
「だって人間は俺たちを捕まえたらそうするんだって…長老が言ってた…」
 そうだな、確かにそんな人間はたくさんいるんだろうな。ウィリーは苦笑して、妖精を手の平から下ろしてやった。そして、不安そうな顔でウィリーを見つめている妖精に微笑みかけた。
「見なかったことにする。だから、家へ帰りなよ」
「…いいの?」
「うん」
「……ホントに?」
「うん」
 妖精はぱっと顔を明るくして、ニッコリ笑った。
「ありがと、お前いい人間なんだな」
「もう見つかっちゃダメだよ?」
「うん…あ、そうだ。俺、ユタって言うんだ。お前は?」
「ウィリーだよ」
「そっか、ありがと、ウィリー。それじゃっ」
 ユタはバイバイと手を振って、ひょいっと飛びあがっ…。
「うわぁっ」
 草の上に顔から突っ込んでしまったユタは、いててと顔をしかめて起きあがり、自分の背中に手を伸ばした。
「あぁっ」
「…どしたの?」
「ないっ、羽根がっ」
「え?」
 言われて見れば、水に落ちる前にはあったあの透き通った羽根が、ユタの背中から消えていた。
「…羽根ってとれるの? 落としたの?」
 ウィリーが言うと、ユタは思いきり首を振った。
「どうしよう…羽根…ないと帰れない…」
「…高いとこなの? 俺が送ってあげようか?」
「違うよ、羽根は妖精の力の源…妖精の世界はその力がないと行き来できないんだよ…」
「そうなのか…でも、どうしてその力の源がなくなっちゃったの?」
 ユタはうつむいてまた首を振った。
「わかんない。妖精の力はとても繊細で、驚いただけでも消えちゃうことがあるって…聞いたことある…」
 ウィリーはさっき実をとってあげようとした時のユタの驚き様を思い出した。
「…ごめん、俺のせいだね…」
「ううん、ホントは人間に見つからないようにしなきゃなんない俺が悪いんだ…ウィリーのせいじゃないよ…」
「…でも、帰れないんでしょ?」
「うん…」
 悲しそうなユタの顔を見つめ、やがてウィリーはそっと手を差し出した。ユタは戸惑っていて、微笑んでやると素直に手の平に乗っかった。
「家にくる?」
「え?」
「どうせ俺一人だし、村からは離れてるし…もしかしたら力が戻るかもしれないでしょ? それまで家にいたらどうかと思うんだ。森は危ないしね」
「……ウィリー…」
「キミがイヤならムリにとは言わないよ」
 ユタはそんなことないよと言って、ウィリーの言ったとおり、一緒に家に帰ることにした。
「あ、そうだ」
 ウィリーはさっきユタが取ろうとしていた実をとって、手の平にのせてやった。
「ありがと、ウィリー。お前ホントにいいやつだなっ」
 実を抱えてニッコリ笑ったユタは、家につくまでの間、いろんな話をしてくれた。妖精の世界の話や人間が気付かない森の中の話。ウィリーはずっと微笑んで聞いていた。

 ユタがウィリーの小屋にやってきてから、なぜだか動物が勝手にあつまってくるようになった。力がなくなったとは言え、妖精は妖精、小動物たちは友達なのだ。
「ウィリー、狩人なんだろ? ウサギとかもとるのか?」
「そうだね…時々ね…」
「…そっか…しかたないよな…」
 悲しそうな顔をしたユタを見ていたら、生活のためとは言え、動物を狩るのはとてもヒドイことのような気がした。
「…狩人…やめようかな」
「何言ってんだよ。それじゃ、どうやって生活するつもりなんだ?」
「…んー…どうしよう」
 ホントに困った顔で言ったウィリーを見つめ、ユタは笑った。
「ヘンなやつだなぁ、俺、人間はキライだと思ってたけど、ウィリーは好きだよ」
「そう、ありがと。俺もキミが好きだよ」
「へへ…」
 嬉しそうに恥ずかしそうに笑ったユタは、最初は少し不安だったここでの生活も悪くないなと思った。
 そうして二人はとても仲良しになり、ウィリーは狩りに出る回数が少なくなった。しかも狙うのはいつもユタの友達の小動物たちを襲う大きな獣ばかりで、帰ってくるといつもくたくただった。
「ウィリー、大丈夫か?」
 固い木のベッドに横になっていたウィリーの枕元で、ユタが心配そうに声をかけた。
「…うん…ちょっと、今日は…疲れたみたい…」
「なんか…顔色悪いよ…」
「……うん…」
 じっと見ていたら、目を閉じたウィリーの額に汗がにじみ、少し息遣いが荒いのに気付いた。ユタはオロオロして、ウィリーの肌に触れた。
「ね、熱があるっ」
「…ん…そう…かな…」
「そうだよっ、具合が悪いんなら狩りになんて行かなきゃいいじゃないかっ」
「……行く…前は…こんなじゃ…なかったんだ」
 はぁと大きな息を吐いたウィリーは、みるみる青ざめていく。ユタは焦ってオロオロするばかり。この様子…なんだか憶えがあるはずなんだ…。
「そうだっ」
 ユタはようやく思い出して言った。
「毒だ、毒だよ、ウィリーっ、どこかで毒にあたったんだっ」
「……そう、言えば…足…が、少し、痺れてるか…な…」
「そっ、それを早く言えよ、ちょっと待ってっ」
 ユタはベッドの上を駆けていって、ウィリーの足を探った。するとウィリーの左のふくらはぎが紫色に腫れていた。
「あった…これだ」
「…ねぇ、どんなに…なってる?」
「え? えーと…キズの周りがぷつぷつして…紫になってる」
「……そう…か…」
 またため息をついたウィリーの顔のところまで戻り、ユタは言った。
「そうかってなんだよ、そうかって」
「…それ…猛毒…なんだ…この森に…あるなんて…しらな…かっ」
 ビクンと痙攣を起こし、ウィリーは顔をしかめた。毒が体中に回った証拠だ。よく本を読んでいるウィリーは、毒の知識を持っている。だったら俺が解毒の薬草を探してくるからとユタは言った。しかし、ウィリーは掠れた声でダメだよと言った。
「なんで? それくらい俺でもできるよっ」
「…ダメなんだ…ユタ…。この…毒を…消す…薬草は…」
「どこにあるんだよ、俺が行くったら、行くっ」
「…ないんだ…どこにも…」
「え…?」
「たとえ…キミに…羽根があったとしても…ムリ…なんだ」
「ウソ…ウソだッ、俺が行かないようにウソ言ってるんだっ」
 ユタは必死で言ったが、ウソではないこともわかっていた。目に涙をためて、苦しそうなウィリーをただ見守るしかできない…。ユタはウィリーの頬に寄り添って泣き出した。
「ウィリーっ、死んじゃダメだよっ」
「…ごめ…ん…ね…。キミを…一人に…」
「イヤだよ、そんなの、元気になってよっ」
「……ごめ…」
 ウィリーの声が途切れた。まだ息はあるようだが、苦しみのせいか、意識を失ったのだ。ユタは何度も呼びかけて、それでも目を開けないウィリーの側にしゃがんで膝を抱えた。
 俺に…羽根があったら…。
 ユタは悔しさでどんどん涙が溢れた。妖精の力さえ使えたら、毒を消すこともできるのだ…。力が使えないから言い出せなかった。言っても仕方ない…俺には羽根がない…。
「ウィリー…」
 ユタは呟いて立ち上がった。もしかしたら羽根がなくたって少しは力が使えるかもしれない。わからないけど、やるだけやってみよう。
「待ってろよ…俺が助けてやるからっ、絶対助けてやるからっ」
 ユタはウィリーの足元に立って、傷口にそっと触れた。
 目を閉じて祈る。
 妖精の王さま…どうか、俺に力を貸してください。今だけでいい。二度と飛べなくなったったってかまわない。ウィリーを…俺の大事な人を…助けてくださいっ。
 その時、ユタの手元が明るく輝いた。
 それでも目を閉じたまま、ユタは祈り続けた。
 ウィリー、ウィリー…頑張って…死なないで…。
「…ん…」
 ウィリーの声がした。
 あと少し…あと少し力がいるんだ、お願い、誰か…俺に力を貸してっ。
 強く願ったとたん、ユタの背中から金色の光が放たれ、それはまるで妖精の羽根のように見えた。
 ウィリー…死なないで…また、笑ってよ…。

 あったかい…。
 ユタは窓から入る日差しを受けて、目を覚ました。小鳥のさえずりが聞こえる。もう、朝だ。
 ……。
 寝ぼけていたユタは、飛びあがって体を起こした。
「ウィリーっ」
「ん? あ、ユタ、おはよ」
 振り向いたら、朝ご飯の用意をしているウィリーがいた。
「…ウィリー?」
「お腹すいたでしょ、昨夜は作ってあげられなかったからね」
 ぽかんと見ていたユタは、ウィリーが元気になった、これは夢じゃないんだ、と自分に言い聞かせ、たまらなくなって飛び出した。
「ウィリーっ、よかった、元気になったんだっ」
「うん…キミのおかげだよ。ありがと、ユタ」
 ユタがしがみついた頬は、いつもどおりの元気なウィリーだった。
「え、俺…」
 ユタは驚いて自分の体を見回した。
 飛んでる…。
「羽根が元に戻ったんだね」
「え?」
 ホントだ、羽根がある。ユタはウィリーを見上げて言った。
「俺、毒を消そうと思って…で、でも、俺、もう飛べなくなってもいいって思ってたのに…」
「キミの優しい気持ちが神様に届いたんだよ…よかったね」
 ウィリーが微笑むと、ユタはニッコリ笑った。
「うん。でも、神様じゃないよ、妖精の王様だ」
 あははと笑って、二人は一緒に食事した。ウィリーが微笑んでいる。よかった、ホントに…よかった。

 しかし、喜んでばかりいるわけにもいかなかった。羽根が戻って力がつかえるようになったユタは、妖精の世界に帰らなくてはならない。時々仲間が隠れて様子を見に来ていたことを知っていたユタは、それをウィリーには言えなかった。
 いつか力が戻るまで一緒にいる。そう思っていたはずなのに、今は別れが辛くて、いっそこのまま戻りたくないと思っていた。ウィリーと一緒にいたい。だから、俺のことは忘れて…。
 ユタは窓から外を眺め、草の影に隠れている仲間達にこの思いが伝わらないかと何度もため息をついた。
「ユタ」
「ん?」
 振りかえったら、そばにやってきたウィリーも、窓の外を見た。そして、微かに微笑んで言った。
「ねぇ、帰らなくちゃダメなんでしょ?」
「え?」
「お友達が迎えに来てる…そうでしょ?」
「なんで…」
「わかるよ、キミのことなら見てればすぐに…」
「……ウィリー…俺…」
「キミは妖精でしょ、俺は人間…ホントは一緒にいちゃいけないんだよね…」
「……」
 ユタはうつむいた。自分が言わなければ帰らなくてすむんだと思っていたのに、ウィリーは全部知っていた。毎日窓にはりついていたから、感のいいウィリーには隠せなかったのだ。
「俺…帰りたくない…」
「ユタ…」
「だって…俺には仲間がいるけど…ウィリーにはいないじゃん。俺がいなくなったらウィリーが一人になっちゃうじゃんかっ」
 一人にしてごめんね、死んでしまうかもしれないときに、そう言ってくれたウィリーを、置いていけるわけがなかった。いや、何より、自分が彼の側にいたかった。
「俺はヘーキ…今までもずっとそうだったから…」
「…ウィリー、俺は」
「ユタ」
 優しい声がユタを呼ぶ。顔を上げてウィリーの顔を見たら、ユタは胸が苦しくなった。
 とても優しい微笑み。それなのに、とても寂しそうに見えた。
「…ごめん…俺…」
「みんなと仲良くね。もう、見つかっちゃダメだよ、ユタ…」
「……うん」
 ユタは振りかえることもできずに、窓の隙間から小屋を飛び出した。
 さよならも言えなかった。
 二度と会えないかもしれないのに…悲しすぎるから。
 森の中に消えていったユタの姿をじっと見つめていたウィリーは、寂しそうに悲しそうに、それでも微笑んでいた。
 元気でね…ユタ。

 数日後…。
 ウィリーは狩りに出かけていた。大きな木の下で昼ご飯を食べようと腰を下ろし、のほほんと上を見上げた。
 さし込む木洩れ日がまぶしくて目を閉じた。
 がさがさ。
「ん?」
 脇に生えていた草が揺れて、ウィリーは首を傾げた。
 そして、しばらくしてそこからぴょこっと顔を出したのは…。
「あっ、ユタ」
「え、う、うわああっ」
「……あれ?」
 引っ込んでしまったユタは、草の根本から這い出してきた。じっと見ているウィリーを見て、両手を上げて怒り出す。
「ウィリーっ、こんなとこで何やってんだよっ、びっくりすんだろっ」
「…何って…お昼ご飯…」
「ったく…もう…っ……あ、ああああっ」
「?」
 大声を上げたユタは、目に涙を浮かべてウィリーを見上げた。
「どうしよう…」
「え?」
「…また…消えちゃった…」
「……」
 ユタは背中に手をやって、羽根がないのを確かめた。肩を落として座り込む。なんでこうなるんだよぉと呟いたユタを見ていたウィリーは、あははと笑った。
「笑うなっ、お前が悪いんだっ」
「気をつけてないキミが悪いんでしょ?」
「違うっ、いきなり声かけるからだっ、いるならいるって最初から言えっ」
「あはは」
「笑うなったらっ」
 じだんだ踏んでいるユタを笑って見つめ、ウィリーは言った。
 ねぇ、また、家にくる?
 ウィリーの肩に乗って、ぶつぶつ文句を言うユタを、草の影から見ていた仲間達が指差して笑った。
 そして口々に言う。
 妖精の王様に話してみよう。
 いい人間とはお友達になってもいいと思うって。
 話してみよう。
 僕たちもユタみたいに素敵な友達がほしいよ。
 妖精たちの笑い声は、森のざわめきとなり、風にのって空の向こうに飛んでいくのだった。

End.

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