クミンの夢街/ヘッダー クミンの夢街/小説サブメニュー
  1. Index
  2. 小説
  3. ミニ文庫館
  4. 成姫

成姫 1

 あの国の姫君はたいそう美しい方であるそうだ。
 あちこちでそんな噂が流れ、その姫に求婚するものは何人もいた。身分の高いものから低いものまで、いろんな男が彼女を一目見ただけで言い寄ってくる。
 たしかに…成(せい)姫は美しかった。彼女はある小さな国の二人目の姫君だ。
 姉の紅姫もまたよく似ていて美しかったが、成姫ほど言い寄られることもなかった。それというのもすでに心に決めた人がいるからだ。城に使える者の息子で、近いうちに婿として迎えられるのではないかと言われている。だから、より美しい妹の成姫を手に入れようと、男たちはがんばるのだ。
 しかしそんな姫がいつまでも嫁に行かずにいるのは、わけがあった。それは親でもかなわないほど、姫がおてんばだったからである。
 求婚してくる男が、自分の顔かたちに惚れているのだと気付くと、すぐにいたずらして自分から断るようにしむけるのだ。誰もがみな、自分の手には負えないとあきらめていく。そして姫はざまーみろと心の中でべっと舌を出しているのである。
「成姫よ…どうしてお前はそうなのだ…。もう十八になろうと言うのに…これでは嫁の貰い手がなくなってしまうではないか」
 嘆いた殿様がそう言うと、姫はこう答える。
「父上、私は別に嫁になど行かなくても平気です。近頃の男はみんな頼りないし、私の方が強いくらいですものっ」
 成姫は得意のなぎなたと弓で、男を負かしたことも多々ある。父はもう何も言えずにため息をつくばかりだ。

 そんなある日、姫は姉が結婚した後に住むことになる屋敷を訪れていた。城から少し離れた場所にある屋敷で、城とは比べ物にならないが、姫が住むには十分な広さだった。
「あぁ、どうして父上はあんなに私を嫁にやろうとするのかしら」
 すると侍女のお恵(けい)が言った。
「姫様が幸せになれるようにと心配されているのですよ。父上のお気持ちも察しておあげなさいませ」
 彼女は幼い頃から成姫に仕えていて、年頃も近いせいか、信頼できる家来でもあり、よき友でもある。
「そんなこと言ったって…全然胸がときめかないのよ。どいつもこいつもやらしい目をしてるし、私より弱いしっ」
「困った姫様。殿方がみなそんな風に姫様をごらんになっているとはかぎりませんよ。ちょっと自意識過剰なのです」
「恵っ、今のちょっとひどいわ」
「はいはい、申し訳ありませんでしたっ、さぁ、もう今日はおやすみなされませ」
 お恵は姫の寝床の仕度を終えて、座敷を出て行った。
「…恵は好いた殿方がいるから…私のキモチなんてわからないんだわっ」
 成姫はふくれっつらで布団にもぐりこんだ。

 その日の夜中、かすかな物音で成姫は目を覚ました。ぼんやりした意識の中で、気がついたら部屋の中に誰かの気配があった。
「恵?」
 声をかけたが返事はなく、気配はそっと成姫の元にやってきた。
「誰?」
 ようやくおかしいと気づいて体を起こしたとき、影はものすごい力で成姫を押し倒し、馬乗りになった。
「い、いやっ、恵っ、誰か…んんっ?!」
 口を塞がれ、もがく体も抑えられ、成姫は湧き上がってきた恐怖に震えた。なんてことだ。昼間ならこんな男に負けやしないのに、寝込みを襲うなんて卑怯なやつ、こんなやつに私は…。
「曲者っ、御領主ゆかりの姫君と知っての狼藉かっ」
 お恵の声がして、驚いた男は成姫を離し、あわてて座敷を出て行く。
「待てっ」
 お恵がなぎなたを持ったまま追いかけていったが、やがて戻ってきて、逃げられてしまったと言った。
「姫様、ご無事ですか?」
 呆然としている成姫に駆け寄って、お恵が言う。けれど、成姫はなかなか言葉がでなかった。乱れた着物を直すことさえできずに、がくがくと震えていた。
「姫様…」
「…恵…っ」
 成姫は泣き出して、お恵にしがみついた。
「怖かった、怖かった…」
「申し訳ありません…警備が手薄でした…」
 朝になるまで成姫はお恵の手を握ったまま、泣きつかれて眠った。

 翌日、城に戻ってすぐ、事件は父の耳に届いた。
「なんてことだ…成姫…無事でなによりだった」
 そこへお恵が進みでて言った。
「恐れながら申し上げます。不覚にも取り逃がしてしまいましたが、かすかに香の香りが残っておりました。先日姫に求婚された方は優れた香を作る国からまいられたのでは…」
「なんだと…!」
 父は驚いて困惑する成姫を見つめた。
「お前があんまりいたずらばかりするからだ…成姫、キモチはわからなくもないが、これは自業自得だぞ…」
「…だって…あんなひと…」
「あぁ、わかっている、だがこのままではこんなことが増えるばかりだ。しばらく、お前に誰かつけなくてはならんな」
「お恵がいますっ」
「女ではどうにもならんこともあるのだよ。わかってくれ、成姫」
「…男なんて…男なんて大嫌いですっ」
「姫様っ」
 駆け出して行った成姫を、お恵が追いかけていった。
 父は首をふってため息をつく。うちの姫は二人とも…母親によく似て気が強い…。しかし、成姫は…。
「すぐに傷ついて心閉ざすのは…わしに似たのかも知れんなぁ…」
 父はちょっぴり、嬉しいような悲しいような…おてんばな娘を思いとめどないため息を何度も何度も吐き出した。

 数日後、父は成姫の言い分など聞かず、用心棒を雇った。
 父の側に座った成姫は、そっぽ向いたまま男を見ようともしなかった。
「頭を上げなさい。そなたには今日からこの成姫についてもらう。万が一のことがないようにしかと頼むぞ、惣介(そうすけ)どの」
「はい…わかりました」
「これ、成姫、お前も挨拶せんか、失礼であろうが」
「……」
 成姫はしぶしぶその惣介という男に目を向けた。
 …なんて間抜けそうなやつ…。
 成姫はむすっとしたまま、男を睨んだ。
 惣介は長身の若者で、顔かたちも整ったいい男だった。だが、なぜかぼんやり眠そうな顔をしていて、腰に下げた刀も飾りなんじゃないかと思うほど緊張感のかけらもない。どうして父がこの男を雇ったのか、不思議でしかたなかった。
 後で聞いた話によれば、剣術はかなりの腕前だということだったが、それでも信じられなかった。惣介はぼんやりしたまま成姫の後をついて歩く。
「惣介どの」
「はい」
 振り返った成姫を、その眠そうな目が見つめる。
「一言言っておきますけど、私にそれ以上近づかないでいただきたいのです」
「はぁ」
 惣介は自分と成姫までの距離を確認して、わかりましたと頷いた。
「そなたはあくまで私の命を守るのがお役目です。気軽に話しかけることも許しませんっ」
「はい」
「…わかればよいのです…っ」
 ふんっと身を翻し、すたすた歩き出した成姫の後を、惣介は言ったとおりの距離を保ったまま歩いた。
 やがて成姫は自分の部屋までくると、すぐにお恵を呼び、一度惣介をにらんでおいて、ぴしゃりと戸を閉める。惣介は部屋の前に座り、刀を脇において、そのうちうとうと居眠りしはじめた。
 そんな惣介をこっそり覗いているのは、城の侍女たちだった。
 若い男前の剣士。素性も明かさない浪人らしいが、殿が認めた人ならばきっと素敵な人なんだろう。侍女たちはうっとり惣介を眺め、クスクス笑いあうのだった。

 一方成姫の方は、お恵相手に文句をたらたら。さすがのお恵も苦笑した。
「姫様、父上がお認めになった方です。もう少し信頼してもよろしいのではありませんか」
「いいえっ、男はみな同じですっ」
「そうかしら、惣介どのは優しそうな方ではありませんか。決して姫様をおかしな目では見てらっしゃらないと思います」
「心の中で何を考えているかなんて、お前にだってわからないでしょうっ」
「そうですねぇ…とにかく、彼がいてくれれば姫様も安全でしょうから、私も気が楽になりました」
 お恵がそう言って立ち上がったので、成姫はあせって彼女を引き止めた。
「恵、どこへいくの、ここにいて」
「私もいろいろ忙しいのですよ。姫様のお相手ばかりしているわけにはいきません」
「…どうせ男に会いに行くんだわ…」
「あら、いけませんか」
「……恵のバカっ」
 クスクス笑って出て行った恵を睨んで、戸の隙間からちらりと見えた惣介の肩をさらに睨んだ。
 あんなやつが年がら年中側にいるなんて、最悪だわ。

 それからというもの、成姫の機嫌はよくなることもなく、こりもせず求婚してくる男には、会うことすらしようとしなかった。
 父はすっかりあきらめて、姉姫の婚礼に目を向けるようになった。おかげで求婚するものも徐々に減っていったが、成姫はいつまでたってもふくれっつらのままだった。美しい顔も台無しである。
 惣介は成姫の言ったとおり、側には近寄らなかったし、話しかけもしなかった。黙って少し離れたところをついてくる。
 求婚するものがいなくなったら、今度は惣介がうっとうしくていらいらした。
「惣介どのっ」
「はい」
「たまには私を一人にしてください、いつもいつもどこに行くときもそなたがいては落ち着くものも落ち着きませんっ」
「はぁ、でも、俺は姫の側にいろと言われているので…」
「だったら死人みたいにしてないでもっとしゃきっとしなさいなっ、なんなのですか、その目はっ」
「…はぁ…」
 惣介はぽりぽり頭をかいて、困った顔をした。成姫はいらいらして、自分から惣介の側に歩み寄った。すると惣介は、後ずさって距離をとる。むっとした成姫は言った。
「なんですかっ、それじゃあ私が汚らわしいものみたいではないですかっ」
「え…」
「だいたいそなたはぼさっとして、何を考えているかまるでわからない、たまには自分のことを話すとか、気の聞いたことはできないんですかっ」
「…あの…」
 惣介は本当に困っているようだった。
「近寄るな、話しかけるなって…いいませんでしたっけ…」
 かっと頬を染めた成姫は、何も言わずに駆け出して、部屋に閉じこもってしまった。
 なんなの、あいつは。
 私をバカにしてるんだわ、いたずらばかりして嫁にもいけない女だと思ってるんだわ。
 あれだったらまだいつものバカ男たちの方がよっぽど生き生きしてた。
 死んだような目で私を見たりしなかった。
 悔しくて涙が出た。
 あんなやつ…誰よりも嫌い、大嫌い…。
 それから姫は、惣介と口を利かなくなった。ほとんど一日部屋に閉じこもって、時々出てきても惣介を無視していた。どうせ放っておいてもついてくるんだから、いちいちかまう必要もないのだ、そう思っていた。

 ある日、珍しく惣介の姿が見えないと思ったら、侍女たちに囲まれているところを見かけた。
 侍女たちがあんまり楽しそうだったから、成姫はこっそり盗み聞き。
「惣介さま、お年はいくつになられます?」
「十八です」
「あら、姫様と同い歳なんですね」
「でもうちの姫様に比べたらずいぶん大人びていらっしゃる」
「あら、失礼なこと言ってはいけないわ。姫様もあれでいろいろ悩んでおいでなんだから」
「それもそうね、かわいそうな姫様。近頃では求婚される方もいなくなったでしょう」
「惣介さまもタイヘンですわね。姫様もあんなに冷たくなさることないのに」
「…俺は別に…嫌われているのならしかたないです…」
 成姫はぐっと唇をかみしめて、その場を離れようと駆け出した。まさか侍女たちがあんな風に思っていたなんて、考えもしなかった。お恵の姿を探し、いないのだと思ったら、彼女にまで見捨てられた気になった。
 成姫がまた部屋で一人丸くなっていると、戸の向こうに影が見えた。
「姫」
 惣介の声だった。
「……」
「姫、いるんでしょう?」
「なんですかっ」
「…さっき話を聞いてましたか?」
「何も聞いてませんっ」
「……気にしない方がいいですよ。別にみんなあなたを嫌ってるわけじゃない」
「何も聞いてないと言ってるでしょうっ」
「…姫、昨日、殿から言われました。もう危険なこともないだろうから、姫の機嫌がなおらないようなら俺はいない方がいいのかもしれないって…」
「……」
 成姫は顔を上げ、振り返った。惣介の影だけが見える。いつものように頭をかいて、ちょっとうつむきながら言った。
「…姫は俺が嫌いみたいだから、俺もその方がいいんじゃないかって…言いました」
「……」
「今月の終わりに、俺は姫の前から消えます。だから、それまでは我慢してください…」
「…す、好きにすればいいでしょうっ。私はしりません、父上が決めたことなら逆らうつもりはありませんっ」
「そうですか…すみません…余計なこと言いました…。じゃあ、俺、別の部屋行ってますから、何かあったら呼んでください」
 惣介はそう言って、部屋を離れていった。今までは勝手に部屋の前に座っていたのに、今度は何かあったら呼べだって? この前みたいに口を塞がれたら呼べるものも呼べないのに。
 成姫はまたじわりと涙を浮かべて、悔しさを押し殺し、顔を覆った。
 これで…私は一人になる。
 誰も私のキモチなんかわかってくれないんだわ。
 …あんなやつ、いなくなればせいせいする。
 そしたら一人で城を出て屋敷で暮らそう。
 もう誰も信じられない…。

 次の日から、成姫は周りの者が不思議がるほど明るくなった。それは悲しみの裏返しだとは誰も気づかない。徐々に惣介がいなくなる日が近づいて、成姫はどんどん元気になっていく。
 みなが成姫のキモチを誤解していた。
 惣介がいなくなるから嬉しくてしかたないんだ。
 バカな姫様。
 惣介は誰より姫のために尽くしていたのに。
 気づかないなんて…バカな姫様。
 かわいそうな姫様…。

Next
クミンの夢街/フッター