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Stage2 悲劇の輪廻 -2-

     ★

「うぉわーっ!」
「…んぉっ、なんだっ」
 朝方、火の番をしながらうつらうつらしていた和樹が、誰かの悲鳴に飛び起きた。
 他の五人も眠い目をこすりながら体を起こす。和樹が立ちあがって見まわすと、五十メートルほど上流に、人影が見えた。うっすらと明るくなった空には、夜明けを告げる鳥たちが横切っていく。
「なんなの、カズくん?」
「…誰か、いるみたいだぞ、あそこ」
「本当だ」
 和樹の隣にやってきた修吾がその人影を確認した。どうやら男のようだ。
「どうしたのかな? なんか慌ててるみたいだよ」
 明がよく見える目で男の様子を察した。何かを見下ろして、大騒ぎしながらうろうろしている。そして、明の目にはその男の足元に倒れたもう一人の人影も見えた。
「あ、誰か倒れてる」
 様子を見に行った方がいいかもしれないと言った明の言葉で、少しだけ緊張の糸が張り詰めた。さっそく何やらハプニングが起こったのかもしれない。ゲームで言えばイベントってやつだ。
「行ってみよう」
 修吾が言い、六人は荷物と馬を連れて、彼の元へ向かった。
「ああー、ルイスー、しっかりしてやー。目ぇ開けてぇな、ルイスーっ」
 妙になまった言葉で騒ぐ男は、倒れている連れの側であたふたと立ったり座ったり歩き回ったりを繰り返していた。
「あの、どうかしましたか?」
「うおあぁっ」
 大袈裟なリアクションで驚いた男は、同時に驚いている修吾とその他大勢の姿を見て、固まっていた体をへなへなと崩した。
「あぁ、こんなとこで人に会えるやなんて、かみさんに通じたんや」
「あ…あの…」
 戸惑っている修吾に男はすがりついて言った。
「たのんます、うちの相方を、ルイスを助けてやってください。このまんまやったら死んでしまうかもしれへんのですー」
「おい、こいつ頭から血ぃ出てんぞ」
 いつの間にか倒れた男、ルイスの傍らにしゃがんでいた充治が言った。全員で彼を囲むと、確かに頭から血を流して、昨日の充治よりももっとひどい顔色をしている。修吾はすぐに千紗の方を見て、魔法をと指示する。
「はいっ」
 慌てて書を取り出し、千紗はルイスの頭に手をかざす。
「な、なにしてはるんです?」
「何って、魔法よ。回復魔法」
 友紀子が言うと、またも大袈裟なリアクションを返す。
「なんやて? 魔法? こんなおじょうちゃんが司祭魔法なんて使えるんですか?」
「おじょうちゃんってね…チータンは23歳よ」
「う、うそですやん、そんなん」
「しっつれいな人ね、だいたいあんたさっきからいちいち騒ぎすぎなのよっ」
 寝起きは機嫌が悪い友紀子だ。あまりのいきおいに、今度はリアクションを返す余裕もなさそうだ。驚いて千紗と友紀子を交互に見つめる。やがて、千紗の額に汗が浮かびはじめた頃、ルイスの腕がピクリと動いた。
「ん…」
 ゆっくりと目を開き、ぼやけた視界に千紗と充治の顔が映る。
「あー、ここはあの世かぁ、天使と悪魔が俺を取り合いして…」
「ルイスっ、よかった、よかったぁ」
 いきなり抱きついた相方に驚きはしたものの、ルイスはすぐさまその頭をすぱんと平手打ちした。
「気色悪いまねすな、ボケっ。…っとにもー、あの世に来てまでお前と一緒ってどういうこっちゃ、やっぱり地獄かここは」
「あ、あんまりやん、ルイス。しかもお前死んでへんし」
 ぽかんと見守る六人の存在に気付いたルイスは、千紗に言った。
「てことは、おたく天使さんやない?」
「は…はい、違います」
「…てことは…」
 くるりと反対方向を向き、充治を指差したが、ルイスより先に充治が言った。
「誰が悪魔だ、コラ」
 さも気に入らないといった目で睨む充治から、今度は相方に視線を向け、またも思いきり、頭を叩く。
「はよ、言わんかっ、アホ」
「お前が勝手に勘違いしたんやろぉ、このおじょう…さんは命の恩人やで?」
 ルイスは改めて千紗を見つめて、相方から事情を聞くと、すかさず千紗の手を握り、何度もありがとうと言った。
「あ、いえ、わたしは…別に」
「命の恩人がこんなかわいーお嬢さんやなんて俺は幸せもんや、俺もう一回死んでもえぇわぁ」
「じゃあ、もっかい死ね」
 ぼそりと誰かが言った。声のした方をみなが注目し、視線を送られた修吾は、自分じゃないと首を振った。
「いつまで手ぇ握ってるつもりなんだよ、いーかげんにしろよ、てめー」
「お、俺じゃないよ」
 修吾は何度も首を振る。そこへ明の咳払い。
「あっはっは、シュウゴが言わないから代わりに言ってやったんだよ」
 修吾の後ろから現われたグルジは、明に睨まれ、石の中に戻った。修吾はなんとなくばつが悪そうに頬を赤らめている。だが、タイヘンなのは修吾たちが何者なのかわからない二人の方だった。妖精の姿まで目にして、開いた口が塞がらないようだ。
 その時、千紗が疲れを隠せず、へたりこんだ。ルイスは相当瀕死の状態だったのだろう。六人と二人はもう一度昨夜の焚き火に火をつけ、休息をとることになった。


「そーですか、みなさんが伝説の使者さんやったとは…」
「確かに今の世の中めちゃめちゃですけど、そんなえらいことなってるとはちっともしりませんでしたわ」
 二人は同じように腕組みをしてうんうんと頷き、はっと気付いたルイスにまた平手を食らう。
「えーと、したらうちらも自己紹介しましょ。俺はルイスで、こいつはモルト。ジタングルのルオフ村から旅してますねん。オシュランから船でカハルに向かお、思てます」
 修吾が地図を開く。今いるアスベルは大陸の中心にある大きな国。ジタングルはアスベルの東にある国で、ルオフ村の名はジタングルの小さな島にあった。そして、カハルはその逆、アスベルの西にある国だ。
「うちら二人でこの陰気臭い世の中に笑いをもたらす大きな使命を背負ぅて旅してるんですわ。言わばみなさんの同志ですな」
「全然違うわよ」
 友紀子が言うと、モルトははっとして彼女を見つめた。なんだか意味ありげな視線が気になったが、友紀子はしらんぷりをした。
「二人だけで、しかも歩いて旅してるなんて…武器もないみたいだし、危険じゃないのか?」
「んー、せやけどなるだけ食費以外は銭使わんようにしたいし、馬車なんて乗ったらカハルまで辿り着けへんやろし…。イヤでも船代は出さなあきませんやろ?」
「そうそう、結局アスベルに入ってからはほとんどのまず食わずで来ましてん」
「そしたらもう、フラフラになって…二人ともいっぺん死にかけてますんや」
「はぁ?」
 のまずくわずで死ぬなんて最悪だなと充治は顔をしかめる。二人の話はまだ続いた。
「ちょうどこの辺りまで来て死にかけてたとこを近くにある村の人に助けてもろて」
「やっと元気に動けるようになったんですわ」
「ほんまによぉしてもろてあんまりもうしわけないんで二人で相談してお礼しようてことになったわけです」
「せやけどうちらには銭がない」
「しかたないからこの河で魚でも釣って持っていこうと思いまして」
「しっかり釣り竿も借りて朝早よう出てきたんです」
「釣りを始めたはええけど釣れるんはちぃさい魚ばっかりで」
「そこで考えたんです、そのちぃさい魚餌にしたらどうかて」
「これが大当たりで、すぐにでっかい魚が食いついてきよったんです、もう、釣り竿こんなしなってましてん」
「ぜったい釣り上げて持って帰ろう思て二人がかりでやっとのこと引き上げたとこまではよかったんです」
「ただ、その釣り上げた魚がなんと」
「なんと、餌の魚よりちぃさいこーんなんで」
「誰につっこんでえぇのか迷ってるうちに悲劇が起こったんです…」
「…そのちぃさい魚…実は魔物の稚魚やったんですわ」
 二人同時にため息をつく。六人とも黙って聞いていたが、魔物の稚魚と聞いて修吾と充治、そして友紀子は寒気を覚えた。まさかあの瀕死の傷は魔物に襲われたものだったのか、だとしたら自分たちがいかに危険な河にいたのかが今さらになってじわじわと恐怖を呼ぶ。友紀子に至っては顔を洗うなんて無防備なことをしてしまっている。
 二人の話はさらに続く。
「おっかない牙で噛み付こうとするんですけど、こんなちぃさいからなめてかかってたんです。それが悪かった…」
 ごくりと六人はつばをのむ。飛び掛られて頭をやられたのか…。
「そりゃもう鋭い歯で糸を食いちぎって逃げてしもたんです、そしたら…」
 現われた親にやられたのか…。
「ルイスの足元に一緒に釣り上げた藻があって…」
「しまったと思たときにはもう遅かったんです」
 ……。
「すべって転んで、倒れた先にあの岩ですわっ」
 どうですこの悲劇っといわんばかりにモルトが指差したのは、ルイスが倒れていた場所の近くになにげにある少し尖った岩だった。確かに言われて見れば血がついている。
「もう、頭割れて血はとまらへんし、村に戻るにもルイスを一人で置いていくわけにいかんし、そんなときに現われたんがみなさんやったてわけです」
「ほんまにもう死んだ思いました。痛いの痛くないのって、遠くに死んだじいちゃんが手ぇ振ってました」
 ……。
 訪れた沈黙に、ようやく二人のバカヤロウは気まずい雰囲気を感じた。
「一つ…聞くけど…」
 友紀子が呟く。
「それって事実なの…ネタじゃなくて…?」
 二人は顔を見合わせ、振り返りざま顔いっぱいの笑顔を見せた。
「いやぁ、うちらつい癖でおもしろおかしく話してしまうんですわ、これホンマ事実ですから」
「……おもしろくないわよ」
「にゃ…」
 モルトがヘンな声を出して、笑顔がそのまま固まった。ルイスも同じように固まっている。友紀子以外の五人もうんうんと頷いて、充治は寝転がって大あくびだ。
「あんたたち…バカでしょ?」
「ね…ねーさん…そりゃ…」
「さっきから言ってること全部バカまるだしじゃないの。お金けちって歩いて旅するわ、餓死しそうになるわ、魔物釣り上げて食われるならともかく転んで死にそうになるわっ、つっこみどころもない大バカコンビよね…」
「……」
 くだらない話聞かせるんじゃないわよと、寝起きの機嫌の悪さが戻ってきた。友紀子はさも気に入らない顔をしてそっぽ向いた。充治は相変わらずでもう一度寝なおそうとしているし、和樹もしらけた顔でため息をつく。修吾も肩を落として額に手を当てた。千紗までもフォローのしようがなくて困った顔してうつむいていた。そして、明に至ってはすでに出発の準備を始めていた。
「あの…」
「みなさん…?」
「……」
 誰も返事をしなかった。朝っぱらから不愉快だ。こんなイベントたいした意味があってたまるかと思う。これがゲームじゃないことはわかっていても、こればっかりはいただけない。人助けをしたのにこれっぽっちもよかったと思えないのは気のせいか…いや、違う。
「…す…」
 ルイスとモルトはそろって座りなおし、ふかぶかと頭を下げた。
「すんませんでしたっ」
「……」
 思わず謝った二人をそうさせたのは、他でもない友紀子の不機嫌オーラだった。土下座までして謝った二人の間抜けな姿を見て、完全に力の抜けた友紀子たちは、まぁ助かったんだからよかったんじゃないのと、だらだら出発の準備に加わった。
「す…すんませんついでに…お願いがあるんですけど」
「…何?」
 キラリと睨んだ友紀子にぶるぶる震えた二人が言った。
「村の人に持ってくお礼を…なんとかしたいんですけど…」
「手伝って…もらえませんやろか…」
「…なん…ですって?」
 もはや止められないのか、友紀子の背後にどす黒い紫のユラメキが見えた気がした。それには他のメンバーも驚く。和樹だけはあーあやっちゃったと首を振る。
「ずうずうしいにも程があるわよ…バカコンビ…」
「はいっ、すんません、ごめんなさい、もうしませんっ」
「なんならいっそ楽になれるようにあんたたちを焼き払って…」
「うわーあぁぁあっ」
 二人は抱き合って縮こまった。そこへふわりとピフルが現われた。
「友紀子ぉ、怒っちゃだめだよぉ」
 すると意外にもあっけなく友紀子の表情が穏やかになった。ほんのり頬を赤くして、口を尖らせる。
「…ちょっと…ムカツイタだけよ、本気で言ったわけじゃないわ」
「そうだよねぇ、それに二人が言ってる村が気にならない?」
 そう言えばと修吾はまた地図を取り出した。
 よく見れば、彼らの言うような村は地図に載っていなかった。ロロックもずいぶん小さな村だったのに地図に載っている。一体どういうことなのだろうか。
「地図にない村か…確かに気にはなるな…」
 修吾は全員に意見を求め、視線を送った。
「そうねぇ、どうせはっきりした目的地も手がかりもないんだし、行ってみてもいいかもしれないね」
「うーん…腹減ったしなぁ、なんか食わせてもらえねぇかなぁ」
「僕も賛成。できればちゃんとベッドで寝たい」
「シャワーは…ないわよねぇ」
「…千紗さんは?」
「え…っ」
 黙っている千紗に修吾が言った。けれど千紗は戸惑うばかりで上手く言葉が出なかった。どうしたらいいかなんて自分に判断できるとは思わない。みんなが行くところへついていって、みんなを助けることが自分の役目だ、そう思っていた。
「みんなが…決めたとおりでいいです。わたしわからないし…」
「……」
 そんな千紗をじっと見つめる充治の視線。わずかに眉を寄せた彼と目が合い、千紗はすぐにうつむいた。
 目的がないというのがこんなにも面倒だとは思わなかった。知らない土地で、何をしていいかもわからず、全てを自分たちで判断していくなんて。ゲームの中でなら簡単にできることが、こんなにも難しいなんて知らなかった。
 全員少しの不安を抱えながら、バカコンビの言う村へ行くことにした。
「それじゃあ、力貸してもらえるんですか?」
「しょうがないわよね、手土産なしにお荷物つれて帰ったんじゃ…お礼も何もあったもんじゃないからね…」
 友紀子が言うと、二人は両手を上げて喜んだ。
「おおきにみなさんっ」
「ホンマに会えてよかったぁ」
 いつまで騒いでんのよっと友紀子に一喝され、二人はやっと大人しくなった。
 そして、今度こそはと、明、千紗、修吾、ルイスは森へ向かい、充治、友紀子、和樹、そしてモルトは大きな河を前にした。
「…で、どうするんだ」
「釣ります?」
「またヘンなの釣れたらどうするんだよ」
「そんときはみなさんがぱぱっとやっつけてくれ…」
 ばしっと友紀子の手がモルトの頭を叩く。
「ちょうしに乗らない…」
「はい、すんません…」
「でもなぁ、あのクソ魚一匹くらいはやっつけてぇな、食われたぶん食ってやらないと」
 充治は目を凝らして水面をにらむが、それらしき影は見えなかった。
「じゃあ、充治餌にして釣ってみたらどう?」
 和樹が提案するとモルトがそれは言い考えだと頷いた。
「にーさんなかなか頭えぇなぁ」
「だろー、たぶん充治一番頑丈だし、食われても死なない感じするじゃん」
「確かに。ミチハルにーさんならきっと親魚にも勝てるっ」
「……おめーらなぁ…」
「さぁっ、どうぞっ」
 河に入れと促すように、モルトがぐいっと腕を引っ張った。が、充治はびくともせず、代わりにモルトの腰を抱えてひょいと持ち上げた。
「うわ、な、何するんですか、にーさんっ」
「俺よりおめーの方が肉やわらかそうだからなぁ」
「や、や、やーめーてーっ」
 モルトは涙を浮かべてじたばたもがく。充治はニヤニヤ笑いながらほれほれとモルトを投げるふりをした。
「いーやぁああっ、たーすーけーてーぇっ」
 どすっ。
 充治の背中に衝撃がくわえられ、バランスを崩した充治と抱えられたモルトはバシャンと勢いよく河の浅瀬めがけて転んだ。驚くべき反射神経で水から離れた二人は、必死の形相で友紀子を見た。
「な、なにすんだ、コラッ」
「ねーさんっ、うちらコロス気ですかっ」
「…いつまでも遊んでるからよ」
 ある意味最強…。和樹は苦笑して、充治の背を蹴飛ばした友紀子を止める度胸のない自分が情けなくなるのだった。

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