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恋鎖反応―Connected world 14運命の鎖

『…うすうす、わかってると思うけど、今はカナコじゃなくて、那津姫―』
 ピッとモニターを切って、私はため息をついた。
 侍にとらわれた牢屋から逃げた後の事を、私はほとんど知らなかった。ずっと気を失っていたというか、寝てたみたいなものだから。
 センターに戻ってからのことはレリデアから聞いた。彼女が今まで私に起こっていたことの説明をしてる録画を見せてもらって、だいたいのことはわかった。まぁ、難しいことはやっぱりわかんないけど。
「……シーフィー…おなかすいた」
 ここはレリデアの部屋だ。彼女はもちろん仕事でいないし、ここには誰もいない。
 私の胸の中もなんだかスースーしてる。
 姫様の記憶がぽこっと抜けちゃったのかな。
 さっきからため息ばっかり。
 ほんと、もう飽きたなぁ…SF体験。
 ……。
 ウィーン。
 私はゆっくりと顔を上げた。
 息を切らせたトーヤさんがいた。
「カナコ…」
「トーヤさん、仕事じゃなかったんですか?」
 彼は駆け寄ってきて、何か言いたそうだったけど、あらためて私の顔を変なものを見るような顔で見下ろした。
「…何かあったんですか?」
「……いや…」
「私の帰る準備ってまだできないんですかね?」
「…何だって?」
 私はじーっとトーヤさんの顔を見つめていた。
 照れることもない。ドキドキもしない。
 彼の顔をじーっと見て言った。
「早く、帰りたいです…」
 はぁとため息をついて、私は頬杖をついた。
 トーヤさんは何も言わずにそこにいた。
「…あの、何か用事じゃなかったんですか。急いでるっぽいですけど…」
「……帰る…つもりなのか」
 ぼそりと彼が呟く。私の口からあははっと笑いが漏れる。
「そりゃ、そうですよ。最初からずっと、そう言ってたでしょ?」
「…カナコ」
「私…」
 なんだろう、胸が痛い。
「絶滅の危機を感じて惚れられても嬉しくないの」
 トーヤさんの顔色が変わった。
「…前世のせいで誰かに夢中になるなんて馬鹿らしいの」
 さっき見た録画の内容で、はっきりとわかったのはそこだ。
 いや、他にもいろいろわかったつもりだったけど、心に残ったのはそこだけだった。
「私はね…私の人生を生きていたいの…」
「……」
「…だから…もう、帰りたいの」
「…カナコ」
「お願い、地球に帰して…」
 私は泣いてもいなかった。
 真っ青になって黙っているトーヤさんに、私は言った。
「…帰してやるって…言ってくれましたよね」
 どうせ、最初から、彼は夢の中の人だった。
 私は最高にスリリングな夢を見た。
 でも、やっぱり。
 "普通"が一番だ。
 その後、センターの中を散歩していたら、ラルジェも会いに来たけど、しばらく話したらトーヤさんと同じような顔をして帰って行った。
 ガラスの向こうでギグに泣きついているラルジェを見た。
 やっぱり二人はそういう仲なのかな。
 ラルジェが初めてかわいい女の子に見えた。

      ★

 私はまた地球へ戻った。
 二度もこんな体験するとは思ってなかったけど、もう三度目はないと思う。
 姫の記憶が消えれば、竜之介への執着も消えるというのは正しかったんだ。
 前ほど自分の中に異常な想いがあるとは思えなかった。
 それに、星や人種が滅びてしまうなんて、とてもじゃないけど想像できない事件だ。
 広い広い宇宙のどこかに、そういうことと戦っている人たちがいるかもしれないことはわかった。
 でも、それが自分の間近で起こることなんてなくて。
 毎日が平和に過ぎていくのが当たり前で。

 私はそれから何事もなく過ごした。
 楽しい女子高生活を満喫して、受験も乗り越え、念願の女子大生になった。
 そして、前より少しだけ真面目に空手に取り組むようになった。
 スポーツってこんなに気持ちのいいものだったなんて、今更思う私。
 ずっと前から、変わらない、平凡な暮らしを続ける。
 大学のために家を出て、一人暮らしを初めて。
 そろそろ、来年の成人式の振袖をどんなのにするか考える。
 そういえば、成人式って、昔はもっと早くにしてたのよね。
 元服っていうんだっけ。
 歴史に強くなったのは、どうしてだったか。
 どんどん、大人になっていく自分に、たまについていけない気がして。
 でも。
 一つだけ。
 どうしても……恋をすることができなかった。
 誰かを好きになることが、できなかった。
 ……違うの。
 こんなこと、誰にも言えないんだけど。
 夢の中の人を忘れられないの。
 きっと、高望みな理想の人。
 どこを探したって、そんな人、いないんだもん。
 …たぶん、宇宙の果てまで探さなきゃ、見つからないんだ。

     ★

 どおおん!!!
 それは地震のようだった。
 けれど揺れのわりには音が大きくて、私は自分の部屋でおろおろした。
 地震が来たらこうしなさいなんて、知っていてもいざというとき動けるものじゃない。
 揺れが収まって、私はドアを開けなきゃいけないと思い出す。
 遅いかなと思いながらそっとドアを開いて、窓も開けた。
「な、何これ!」
 私はとてもありえないものを見ていた。
 窓から見えるのは、普通の町のはずだったのに、地平線が…変な形に膨らんでいた。
 盛り上がった地面から、何かが出てきた。
 あれは…何?
 思わず窓を閉めて、私はベッドの上で布団をかぶった。
 とても"普通"じゃなかった。

      ★

「おい、急げよ。準備は?」
「…OK、接続確認」
 ぴぴぴと大きな指がボタンを操作していく。

"銀河系 太陽系 地球 日本国 2011年・・・・"

「接続!」
 最後のボタンを押したのと同時に、船は時空を走り出す。

 部屋のドアの前でモニターに向かう。
「サリー、止まったらすぐ出るぞ」
「了解しました」

「トーヤ! 焦るなよ…って、もう出やがった!」
 ギグは振り向いて、後ろのシートに声をかけた。
「お前も行って来い。相手がでかすぎる、一人じゃ辛いだろ」
 ラルジェはみるみる嬉しそうに笑顔になった。
「了解、リーダー!」

 遠く離れた場所からでも確認できる大きさの、謎の生き物。
 突如地面から沸いて出たソレは日本を襲っていた。
 予想もしない、ありえない、滅びの危機だった。
 これは夢、これは夢…。
 呪文のように頭の中で繰り返す。
 布団の中は、宇宙に繋がっていなかった。

 瓦礫の一部が開いて、駆け出してきたのは"普通"じゃない"地球人"。
「これは…酷いな、もうちょっと前の時間に着地したかった」
 彼が呟くとすぐ側の瓦礫が同じように開いて。
「トーヤ、行って」
「え?」
 ラルジェを振り返って、トーヤは顔をしかめた。
「私の方がトーヤより丈夫、おさえている間に行って」
「…どこに…」
「迎えに行って」
 ラルジェは両手に武器を持って、モンスターに向かって走り出した。
 大きな体にしては、とても身軽ですばやい動きだ。
 非力な地球人にはマネの出来ない力。
「…了解…」
 トーヤはドアまで戻って、ほとんど叩く勢いで隠れたスイッチを押した。
 瓦礫の中からガチャンガチャンと金属音がして、タイヤの無いキックボードのようなものが姿を現した。
「…俺、運転苦手なんだけどな…」
 言いながら、ハンドルを取った。
 ふらふらと頼りない動きで、それでも全速力で。
 瓦礫をぬけ、レーダーを頼りに町を飛んだ。
「サリー、どの辺?」
 見慣れない建物の中を探すのは結構難しい。
『そこからちょうど東に…角度四十五度』
「はぁ?」
 サリーの声と同時に、トーヤの体がガクンと斜めになった。
 曲がったのではなく、斜めに飛び上がる。
「ちょ…待…」
 トーヤは建物の二階に向かって一直線。窓は閉まっていた。

 ガシャーン!

 布団の中で震えていたカナコは、部屋の窓が割れたのを知って、よけい震えた。
 遠く離れた場所から、あの化け物の飛ばす瓦礫が、近所のあちこちに落ちる音を聞いた。
 それがここにも飛んできたということで。
 少しでもずれていたら、自分に当たっていたかもしれない。
 お父さん! お母さん! こんなことなら一人暮らしなんてするんじゃなかった!
「……いてて…」
 カナコは息を呑む。
 震えは止まった。
「…あれ…ここじゃないのか?」
 布団からこっそり顔を出したら、たぶん、転がり込んだ時に打ち付けただろう頭に手をやる背中が見えた。
「……あの」
 まだこれが幻だと、半分くらいは思っていて、カナコは恐る恐る声をかけた。
 彼は振り返って、布団から覗いたカナコの顔を見つけると、ホッとした顔をした。
「カナコ…今、怪我しなかった?」
「し、してません」
「そうか、よかった」
「……」
 何も言えずに布団に包まったままのカナコに、トーヤは優しく微笑んで見せた。
「助けに来たんだ、今度こそ。一緒に来て」
「……」
 窓を壊して飛び込んだ乗り物が壊れていないか確認して、やっぱり動かないカナコに、もう一度言う。
「お前が無事かどうかわからないと仕事に身が入らないだろ」
「……」
 いや、最初からこう言うべきだった。
「たのむよ…俺に、お前を、守らせてくれ」
「……」
「おいで」
 トーヤが手を伸ばし、カナコは布団を飛び出した。
 もう一度ひっくり返る手前で、トーヤはカナコを受け止める。
「しっかりつかまってろよ。俺、運転苦手なんだ」
 さっき独りで言った事を、今度はカナコに言った。頷いてしがみつくのを確認して、割った窓から飛び出す。
「ぎゃあああああ!」
「騒ぐなよ!」
「おかしいでしょ! 普通窓から入って、窓から出ません!」
「…カナコは普通が好きだからなー」
「だいたい…どうして…」
「ん? 何?」
 トーヤは運転に集中しているのか、振り向かなかった。カナコは途中まで言って、黙った。
 二年ぶりに見たその顔にまたドキドキしてしまったから。
 まだ、翻訳装置なしで言葉が通じていることに気づいたから。
 そして、トーヤは全然変わらないのに、自分ひとり、二年歳をとっているとわかったから。
 いや、もともと五百年も離れてた…少しだけ…近づいた。
「ぎゃあ…!」
「口閉じてろよ、舌噛むぞ」
「どんだけへたくそなんですか!」
「俺はこういうの苦手なんだって」
 普通じゃない瓦礫の町を走りぬけた二人は、やがてサリーのもとにたどり着く。
 ドアの中にカナコを押し入れて、トーヤは言った。
「いいか、サリーと待ってろ。カナコの星を…いや…俺たちの星を滅ぼさせたりしないから…」
「…うん」
 カナコの耳に翻訳装置をつけて、そっと髪を撫でる。
 前よりちょっと色が明るくなった。前よりちょっと長くなった。
 確認するようにゆっくり手を添えて、それを追う視線が、カナコの視線とぶつかって。
「……」
 これが初めてのキスではないと知ったら、カナコは怒るだろうか。

 サリーの中はとても静かで、外で何が起こっているかなんてこれっぽっちもわからなかった。
 この中は絶対安全だって、知っているから彼はここに置いていったんだと思う。
 でも、これじゃ、だめ。
 カナコはサリーに声をかける。
「ねぇ、私の服はない? できれば格闘向きの…」
「少々お待ちください」
 言われたとおり待つと、モニターの文字がわずかに揺れた。
『カナコ、本気か?』
 ギグの声だ。地球の上空から話しているんだろう。
「うん…私も……自分の生きる世界を守りたいの」
 こんな閉ざされた場所にいるくらいなら、二人の間にある鎖を強く感じていられる、繋がった世界に。
「トーヤさんを…助けたいの」
 転送装置でギグが送ってくれた服に着替え、私はドアの前に立つ。
「お待たせしました、トーヤ様の許可が出ましたので扉を開きます」
 いつものように、開くドア。
 眩しい太陽がそこにある。
 青い地球に、私は立つ。

「カナコ…お前」
「……待ってるの好きじゃないんです」
「…わかったよ、じゃあ、側を離れるなよ」
「はい、了解です」

 それから…どうなったかって。
 それはまたいつか、別の機会に話すことにする。
 でもこれだけは言っておく。
 夢の向こう側に行くときは気をつけて。
 どこか遠くにつながった見えない鎖に、引っ張られるかもしれないから…。

End.

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