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恋鎖反応―Connected world 13偶然と奇跡

 言うまでも無いけど、レリデアにとって俺たちが足止めをくらって働けない状況っていうのはとても好ましくないものだ。だから、カナコのことは徹底的に解明して解決してやるといきまいていた。
 そして、そのことについて、話すべきことがあるからと、俺たちを呼んだのだ。
「本当ならもっとはっきりした証明ができればいいんだけど…」
 彼女はいつでも合理的で、あやふやなことが好きじゃない。通常の仕事を放っておいてでも、今回のことを研究員たちと調べていたみたいだけど、彼女の納得するような決定的な何かは見つからなかったらしい。
「魂の仕業を説明するのはとても難しいし、予測もできない。今までのことの原因が確実にこうだとか…これからどうなるかとか…言い切れるものは何も無いわ」
 一度、カナコを俺と引き離せばすむという結論を出して失敗している分、慎重になるのはわかる気がする。
 でも、俺は苦笑して言った。
「どうせ全体的にありえないようなことばっかりだってもうわかってる。そういう注釈はいらないよ。その…仮説を話してくれ」
 レリデアはしかたないわねと頷いて、部屋の照明を落とした。
 シーフィーの画面が壁に大きく映し出され、レリデアは説明を始めた。
「全てのことを説明する鍵はコレ。カナコは那津姫で、那津姫はカナコだったってことよ」
 壁モニターにはカナコのデータと、日付入りレーダーの画像が映った。
「…ん、なんか、わかるようで、わかんないな」
 俺が目を細めて呟くと、ギグが言った。
「このレーダーはお前を見つけた時のものだ」
「そう、ここに、トーヤがいるわ」
 レリデアはレーダーの中央を示した。
「そして、すぐ隣にカナコがいる。でも…ここ、見て」
 レーダーの隅にある点を示す。
「これは那津姫よ。でも、データのほとんどがカナコと一致して、まるでカナコが二人いるように見えてるわ」
 確かに、俺がその時レーダーを見てても勘違いしたかもしれない。よくよく見れば違うとわかるけど、こんなに似ている二人が側にいることがまず、ありえない。
「いい? これは仮説よ。魂の仕業の一つに"生まれ変わり"があるわ。もちろん、証明なんてされてないけど…」
 俺は黙って、レリデアの説明に聞き入った。
「カナコはここよりずっと先の未来に生まれた…那津姫の生まれ変わりじゃないかって…こと」
 部屋が暗くなったせいか、いつの間にかカナコはラルジェに抱かれて眠っていた。しばらく過ごすうちにラルジェには懐いたみたいだ。でも、俺の服を握ったままっていうのは変わりないけど。
「要するに二人は同じ魂を持っている存在ということなの」
「あぁ、カナコと姫が?」
「えぇ…一応、一般的に言われているのは、生まれ変わるときに前世の記憶は全部消えてしまうはずだから、知らないところで無数の生まれ変わりが行われていて、それを特定するのはほとんど不可能ってことなんだけど」
 レリデアはやっぱり、はっきりしないことを話すのをためらっているようだ。
「那津姫は生前に竜之介のことを強く想っていたから、その記憶が魂に残ったままカナコとして生まれた…」
 こつこつとレリデアの足音が聞こえた。
「けれど、肝心の竜之介は転生せずにここにいる。だから、カナコはその強い記憶のかけらに気がつかずに生きていたの…」
 それこそ偶然だとしかいいようがないことだが、あの日俺が仕事のために訪れたのは国と時代は違えど地球だったのだ。おそらくそれまでで一番、二人の魂の距離が縮まった。そして、カナコの魂は引き寄せられ迷子になり、俺と出会った。
 俺は報告書に、自分がわかった限りのことは書いたつもりだ。それもあわせてレリデアはこの答えを出している。否定するところも…見つからない。
「カナコが本能的に察したのは同じ人種であるということと同時に、気にかけていた魂の持ち主だということだった…だから、翻訳装置なしに言葉が通じたことも、魂の仕業だと思う。二人の魂は過去の記憶という鎖でつながっていたのよ…」
 そばにいることで激しく反応し、共通の記憶である戦の日へ迷い込もうとしたり、俺が目の前からいなくなるという体験から、当時の恐怖をよみがえらせ、一時的に声を失ったりもした。
 さらに、地球へ戻ったカナコはこれまでと同じように過ごすと思われていたが、一度出会ってしまった俺への執着は強くなり、過去を調べるという行為はその鎖を手繰り寄せることになった。
 結果、強く引き寄せあい 俺の帰るべき場所へと二人を導いた。
 説明できないところがないくらい、レリデアの言うことは事実なんだろうと俺は思った。
 話している本人はそれを"証明"できないのが気に入らないみたいだが。
「那津姫がトーヤの言葉を解したのは当然で、カナコが倒れたのは同じ世界に同じ魂が二つ存在してはならないというルールのためじゃないかという説が有力ね。おそらく時間や空間を越えるという非日常的体験のために不安定になっていたカナコの方が、体を捨てて姫の魂と同化しようとしていた…」
 カナコが弱っていなかったら姫のほうが倒れたかもしれない。どっちが倒れるかは、運でしかなかった…と、この辺りは本当に推測でしかないみたいだ。
 そして。
「宇宙の中で同族に会うことなく過ごし、絶滅の危機を感じていただろうトーヤはともかくとして、カナコがあれほど短期間でトーヤに執着したのは、魂の中の姫の想いが作用したからであると考えられるわ」
 俺は何も言わなかった。
 報告書に一つだけ書かなかったこと。
 カナコに会う前に体験した人種存続本能。
 …俺は自分の執着に対する、言い訳を残していた。そしてその思惑通り、レリデアの推理はその答えにたどり着いていた。
「今回の件で過去の那津姫と竜之介が再会したことによって、彼女の無念の想いが解消され、未来のカナコの魂からもそのわだかまりはいずれ消えると推測されるわ」
「いずれ?」
「そう、過去を変えるって言っても、そんなに簡単なことじゃないわ」
 レリデアが腕を伸ばすと壁モニターの画像が変わった。
「那津姫がいるのがここで、カナコの時代がここだとすると…」
 示された場所に点が現れ、そこから離れた場所にもう一つの点が浮かび、間をつなぐ線がゆっくりと一方的に過去から未来へ引かれる。
「変わった過去が一瞬でころっと入れ替わるんじゃなくて、こうしてゆっくり未来に伝わっていくと考えてる。一応、これは過去の事例もあっての推測よ。魂の仕業が同じ法則であればだけどね」
「じゃあ、そのうちカナコは元に戻るのか?」
「ん、たぶんね…」
「たぶんって…?」
 レリデアは部屋の明かりをつけて、ため息をついた。
「トーヤ一人が過去に行って姫に会ってきたというなら、こんなことにはならなかった。今のカナコは自分の存在を消そうとしていた衝撃で、魂自体が不安定になっているのよ。本来なら消えてしまうはずの強い記憶のみが彼女を支配してる。…うすうす、わかってると思うけど、今はカナコじゃなくて、那津姫だわ」
 俺はラルジェに抱かれているカナコの寝顔を見た。とても安らかで、幸せそうで、悩みなんてないみたいな…。冷たくしたら泣いて、優しくしたら喜んで…ラルジェは気にしてないみたいだけど、俺は…違うと思ってる。
 カナコは…冷たくしたらつっかかって、優しくしたら戸惑うんだ。こんな素直でまっすぐな顔だけじゃなくて、もっと複雑な感情を持っていて…。
「カナコの記憶はどうなったんだ?」
 これは…本能による執着でもなければ、姫の記憶に対する執着でもない。
 今の俺が怖いのは…カナコが消えてしまうことだ。
 レリデアは首を横に振った。
「わからないわ。それがわかるなら、トーヤ…貴方の記憶も、とっくの昔に取り戻してあげてるわ」
「……そんな…」
 声を出して話さない俺は、心の声で話す。翻訳装置はそれを音声にして伝える。
 レリデアは俺の横顔を心配そうに見ていて、ギグとラルジェは顔を見合わせた。そして、カナコは目を覚まして俺の顔を見て無邪気に微笑んだ。
 その時、俺は声を出してるつもりはなかったけれど、その"心の震え"が装置を通して四人の耳の奥に響いていたのだ。…自分でもそこまで、気づかなかった。
「トーヤ…」
「何かないのか…?」
「……」
「レリデア、なんだっていい、方法があるなら教えてくれ」
 彼女はすぐに答えなかった。腕を組んで俺に背を向ける。
「……確かな方法じゃないのよ、トーヤ」
「かまわないよ、このまま見捨てるよりずっといい」
 俺の言い方は、子供のカナコに対するものだった。
 ……他にどうしたらいいかわからなかった。

 数日後、俺とカナコはラボのカプセルの中にいた。
 いつもの検査とは違うから、朝からずっといろんな説明を延々と聞かされている。カナコの方は最初から眠らされていた。俺と離れると騒ぐから。
 レリデアも研究員の中にいた。彼女は今の地位に着く前は優秀な研究員だったそうだ。
 彼女が直接側にやってきて、俺とカナコの間に無数のラインを繋いでいく。
「言葉通り、これから二人を"繋ぐ"わ。特に心と記憶に最も近いと考えられてる心臓と脳を中心に、体のあらゆる器官にラインを引く」
 魂の力をエネルギーだと考えるなら、他の場合と同じように、はっきりした通り道があれば、確実にその流れを操作できるかもしれないという考えだ。
「トーヤ、これはあくまで"かもしれない"ってレベルなの」
 レリデアはしつこいくらい言った。
「二人を繋いで、このラインで確実に"奇跡"を起こせる保障はないわ。もし運よくそれを引き起こせたとして、それがどういう結果になるかもわからないし…」
「レリデア…」
 その早口を俺が止めると、彼女は泣きそうな顔をした。
「二人の命も保障できないのよ、トーヤ」
「わかってるよ」
「……止めるなら今しかないの」
「止めないよ、わかってるだろ」
 俺は弱虫のレリデアなんて初めて見て、思わず笑ってしまった。昔は怖かった彼女の目も、慣れればなんてことはない。彼女は本当に優しい人だ。
「俺はカナコを助けたい。このままカナコが消えてしまうくらいなら、俺はやるよ」
「私ができるのはここまでよ…これ以上貴方に言ってあげられることがないの」
「あぁ…充分だよ、レリデア」
 俺が頷くと、レリデアは俺のまぶたをそっと撫でた。彼女の星で、愛情を示す仕草だった。
「いいわ、初めて」
 彼女の号令で、カプセルのふたがゆっくりと閉じ始め、俺も目を閉じた。ラボの音が遠くなり、やがて音のない空間になる。シュッとかすかな音が聞こえると、俺は眠りに落ちた。

     ★

 ぞくっとするほどの寒さ。
 俺はハッと目を開けた。
 こんなに冷えているのに、体中に汗がにじんでいた。
 俺は必死で走っていた。
 赤い空。
 暗い森。
 焦げた臭い。
 遠くに悲鳴。
 そして、右腕に激痛が走った。
 ここは地獄の夜。
 左手につかんでいるのは、小さな女の子の手。

 ほんの一瞬のめまいの後、俺はまた別の場所にいた。
 今度は信じられないほど、辺りが熱に満たされていた。
 悲鳴はずっと近くで聞こえる。
 視界は真っ赤だった。
「竜之介、姫の手を放してはなりませんよ。そなたは男の子です。しっかり妻を守るのですよ」
 側にいた女性が俺に言い聞かせている。隣にいる少女は大声で泣いていた。
 三人は焼けた廊下を駆け出した。
 あちこちで逃げ惑う人の声が響き、俺は時々手を繋いだ姫を振り返りながら走った。
 そしてまもなく、すぐ後ろで大きな悲鳴が上がる。
 振り返ると大きな炎が、母を押しつぶしていた。
「…竜之介、はよぅ…逃げなさい」
「母上!」
 固まってしまったかのように、左手は姫の手を握ったまま、それでも俺は廊下を戻ろうとした。
 落ちてきた天井が俺の腕を焦がす。
「はよぅ、逃げなさい!」
 炎の中で、首をかききった母の姿が、恐ろしい鬼に見えた。
 俺は…逃げた。
 炎から、鬼から、追いかけてくる恐怖から、必死で逃げた。

 また、暗い森の中。
 母の言いつけを守っていたのか、彼女が大切だったのか、ただ無我夢中だっただけなのか、左手は姫の手を握ったままだった。
 ようやく、静けさの中で足を止めた。
 そこはまるで宇宙のど真ん中。
 音も光も無い、孤独の世界だった。
 左手の先にだけ、温もりがあった。
 視線を向けると、可愛らしかった少女の顔が恐怖にゆがんでいた。
 泣くこともできず、声を出すこともできなくなった彼女は、少女とは思えない力で、俺の手を握っていた。
 俺は…いや、竜之介と那津姫は、このまま全ての人間が死に絶えると思っていた。

 少女の姿がぼやけ、大人の女性へと変わった。
 それでも彼女は震えて、俺の手を握っていた。
「竜之介様…いかないで…いかないで…」
 那津姫は少女の頃のまま、美しい顔をゆがめていた。
 俺は…自分の中の恐怖を沈めるために、歯を食いしばり、目を閉じる。

 ――竜之介様がご無事な姿を見られて、私は心から安堵することができました。
 那津姫の可憐な微笑みを思い出す。
 大人になった彼女は、地獄の後、平和な時間を過ごし、この恐怖を克服したのだ。
 けれど、その恐怖を拭い去ることができないまま、地球を離れてしまった俺と、この…記憶の中の姫はまだ…怯えていた。

「…カナコ…」
 俺は目を閉じたまま、姫を抱きしめた。
「大丈夫だよ…カナコ…俺はもう怖くない」
 姫はまだ必死に俺にしがみついていた。
「……星は生きてる」
 姫の震えが止まった。
「…未来で…ちゃんと、カナコが生まれた」
 目を開けると、姫はカナコの姿に変わっていた。
「俺は…もう怖くないよ」
「トーヤさん…」
 カナコの声がして、俺たちは暗闇から光の中へ、現実の世界へと戻った。

      ★

 いつものことだけど、検査が終わると自分のベッドで目が覚める。
 状況が違ったから気分が悪いってことはなかったけど、気分爽快というわけでもない。
 ふと隣を見た。
 カナコはいなかった。
「サリ…」
『トーヤ、正常?』
 待っていたみたいにレリデアの声がした。
「あぁ、完璧だよ」
『完璧って?』
「…消えてた記憶も戻ってる。完璧だよ」
『あら、おめでとう』
「それより…」
『カナコは私の部屋よ』
 俺はベッドを降りて、何か飲もうと移動しながら話した。
「ラルジェの部屋じゃなくて?」
『えぇ』
「…なんで?」
『それがいいと思ったからよ』
「……ふーん」
 冷たい水を飲んで、椅子に腰掛ける。
 まだちょっと寝起きっぽい。
『トーヤ。カナコも無事。貴方のおかげで、彼女も正常よ、完璧』
「うん…そうか…」
『問題はなくなったのよ』
「…うん」
『要するに、このままカナコを地球に帰しても、これ以上の事故が起こるとは思えないわ』
 俺は立ち上がった。足はすでに部屋を出ようとしていた。
「このまま、引き離して置こうってことか、レリデア」
『……』
「問題がなくなったんなら、会ったって構わないだろ」
『…会ってどうするの?』
 俺の脚が止まる。
 どうしたいって。
 まず抱きしめて、いじわるしたらすねるってことを確認して…それで。
『貴方は…ここで生きる。カナコは帰りたい…どうやっても交わらない道よ』
「……カナコがそう言ったのか?」
『いいえ』
「じゃあ、わからないじゃないか」
 俺はまた歩き出した。どれだけ早足で歩いても、廊下のモニターを通してレリデアの声は追ってくる。
『覚悟が違うのよ、トーヤ。貴方は特別だった。ここで生きていくしかなかった貴方と違うの。カナコは帰るべき場所を知っていて、そこでなら平和に生きられるのよ』
「……わかってるよ、そんなことは」
 レリデアが言いたいことはわかってる。
 それが一番だってことも。
 そのために、最後まで俺は…自分の執着に対する言い訳を残していたんだ。
 カナコがここにいたいって言っても、冷たくあしらって帰してやるつもりで。
「でも…もう、遅いんだ、レリデア…俺は…」
『トーヤ…』
「目の前にいた姫を振り切って、カナコを選んだ。それは…そういうことだろ」
 別の夫から姫を奪うことと、記憶の枷からカナコを救うことと…どっちが奇跡だったか。
 レリデアのため息が聞こえる。
『…カナコが貴方を選ぶって、保障もないわよ』
 船を下りたところで、俺はまた一度立ち止まった。
 レリデアも黙ってる。
 彼女は俺を傷つけたくないって思ってるんだろう。
「……それでも…会いたいんだ」
『…いいわ、わかった』
 俺はまっすぐレリデアの部屋に向かって駆け出した。

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