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恋鎖反応―Connected world 12炎の記憶

 ここまできたら、自分の過去を全部暴いてやろうと思った。
「あいにく、記憶は戻ってないんだ。言葉も…戻ったわけじゃない」
「竜之介様…一体、何を申されているのか…」
 姫は困っていたが、俺は彼女が状況を理解するのを待ってやる気はなかった。彼女は綺麗な女だったし、側にいるだけでドキドキするような魅力が確かにあった。でも、他に夫がいるらしいし、さっさと話を終えて、カナコのところへ戻りたかった。
「教えてくれ…あの時って言うのはなんだ?」
「……竜之介様…」
「…コレに関係あることか?」
 俺が腕をまくって、そこに大きくはっきり残った火傷の痕を見せた。姫は息を呑んで両手で顔を覆った。
 これは俺が子供の頃、ラルジェに拾われた時からあったものだ。センターにいてそれを知らないやつは、危険なモンスターと戦った証拠だと思って、小さくて弱そうな俺を見直したりする。
 でも、これは俺が失った過去につながる唯一の手がかりだった。
 今まではそんな風に考えることもしなかった。そんなものが腕に残っていることすら、わざと忘れようとしていたのだ。
 俺は袖を戻して、姫に声をかけた。
「知っているなら教えてくれないか…」
「…あぁ…竜之介様…」
「姫…頼むよ…」
「……あれは…この世の地獄でございました」
 姫は震えた声で話し始めた。

 まだ幼かった七つの竜之介と五つの那津姫は、夫婦といえども無邪気にじゃれあって遊ぶだけの二人だった。良秀が戦に向かうことも、そのために別の城に逃がされたことも、よくわかってはいなかった。
 にわかに騒がしくなった城内に、異常を感じた頃にはもう、城は炎に包まれていた。
 泣きじゃくる二人を連れて、城にいた女たちは逃げ出そうとしていた。
「私と竜之介様は…お方様と共に逃げるはずでした」
 それは俺の母親らしいとわかった。
 けれど、逃げる途中、焼けた柱が倒れ、母親は子供らを守るために下敷きになった。
 姫はそれを思い出したのか、涙を流しだした。
「竜之介様は必死のお顔をされて…まだ息のあるお方様を救おうと来た道を戻ろうとなさいました。その時、落ちてきた天井を腕に受けたのでございます」
 火傷の原因。
 幼い息子が母を助けようと逃げ遅れると悟った母は、懐に持っていた短刀で自ら命を捨て、竜之介の足枷をはずした。
 竜之介はその母の姿を見ながら、今度は何か鬼にでも出会ったように恐怖の顔をして、那津姫の手を取って城から逃れた。無事逃げおおせたのは奇跡であったかもしれないが、二人は夜通し走り続け、森の中に逃げ込んでいた。
「真っ暗闇の中で、言葉を交わすゆとりさえなく、この世の全てがあの炎によって消えうせ、二人きりになったような…気がしておりました」
 互いに…寄り添って、恐怖から逃れようと。
「……そして、私が疲れ果てて、うとうととした時でございました」
 竜之介の小さな悲鳴が聞こえ、目を開けると、彼の体は半分消えていて。
「手を…伸ばしても…間に合わず、竜之介様は……忽然とお姿を…」
 那津姫はその後、孤独の森の中で過ごし、良秀に救われた時には足も立たず、言葉も出なかった。
 ずっと、彼女は竜之介を探していたのだ。
 もちろん、歩き回って探すというのではなく、心の奥で。
 味わった地獄と、人が消えるというありえないものを見た衝撃で、彼女は一時心を閉ざし、それが癒えてからもずっと、竜之介を探していた。
「…こうしてご無事な姿を見られて、私は…本当に…心から…ようやく、安堵することができました」
 何か心にひっかかるものがあったけれど、俺は彼女の話を信じた。
 ここが俺の故郷だともう疑うこともない。姫は俺の忘れたかった過去を知っていた。
 …記憶は…戻らなかったけど。
「すまない…俺は…やっぱり貴女をおぼえてない。思い出せる気もしない」
「…うぅ…」
 姫は泣いた。でも、俺の次の言葉を聞いて、すぐ顔を上げた。
「貴女は今の夫といて…不満なのか?」
「……いいえ、そのようなことは」
 涙に濡れた瞳は魅力的だったけれど、俺は首を振った。
「じゃあ、もう…俺のことは忘れて、幸せに暮らしてほしい」
「…竜之介様…」
「もし、俺が消えた日のことを、自分のせいだと思って生きていたなら、それは違う。貴女のせいじゃないんだ。あれは…ただの不運だよ」
 その頬に触れて涙をぬぐおうと手を伸ばしたけれど、やめておいた。今彼女に優しくしたいと思うのは…恐ろしい過去を共有した相手だからだ、きっと。
「俺はずっと、親切な仲間に拾われて、幸せに暮らしてた…もう、苦しんでなんかないんだ」
 だったらなぜ、記憶も言葉も戻らないのか、それはやっぱり今の俺にはわからないことだった。
 そして、その時、慌てて庭に駆けてきたのはカナコの世話役の女だった。
「竜之介様! お、お急ぎください! 容態が!」
「カナコ…!?」
 俺はすぐ走り出そうとして、脚を止めた。
 振り返ると、那津姫はまだ少し涙が止まらずに立ち尽くしていた。
 抱きしめてやりたかった。
「……俺は…カナコを守らなきゃいけないんだ」
 言い聞かせるように俺は呟く。
「俺はたぶん、そのうち挨拶もせずにまた姿を消す。仲間のところへ戻るつもりだ」
「…はい」
「ここで俺の無事を喜んでくれる人がいることがわかった。もうそれで充分なんだ。今更、仲間を捨てて戻ってくる気はない」
 姫は涙を止めて、しっかり俺を見ていた。
「その時が来たらでいい…殿様に…それを伝えてくれないか」
「…はい」
 姫はそれ以上俺に涙を見せないように、ゆっくりと頭を下げた。カナコよりずっと可憐でしとやかな女性に見えるのに、カナコよりずっと強い心を持つ女性みたいだった。
「どうぞ、お元気で……お暮らしくださいませ、竜之介様…」
 俺は城に駆け戻った。
 カナコの部屋に、急がなくては。

     ★

 今までにないくらい、カナコが苦しんでいるのがわかった。
 一瞬でも目を放していられなくて、俺はずっと側で彼女の手を握り続けた。
 また、目を覚ますかもしれない。
 そう思って口付けもした。
 でも、何も変わらなかった。
 太陽が落ちて、また昇り、また落ちて。
 カナコの呼吸が…弱くなる。

     ★

 その頃、宇宙の彼方で。
「おい、まだ見つからないのか?」
 ギグがトーヤ捜索の結果を急かす。
『…ただの思いつきなんだけど』
 モニターからレリデアの声がする。
『地球にいるんじゃないかしら…?』
「あぁ…俺も今そう思った」
 苦笑しながら、ギグは探索データをいじる。
 地球は地球でも詳細な位置と時間を知る必要がある。一瞬で見つかるようなものではない。
 しかし、数分後。
「見つけたぞ!」
 ギグが声をあげ、同時にラルジェも言った。
「カナコ見つけた!」
「何? あぁ? ホントだ!」
 ギグもすぐそれを確認する。
『…うーん…予感的中…』
 レリデアの声に重なって、今度はギグとレリデアが同時に言った。
「カナコが二人いる?!」
『……今、何言ったの?』
「いや…待て、たぶんトーヤの近くにいるのがカナコだろ?」
「そう思う」
「とにかく行こう、話しはそれからだよ。ラルジェ、準備は?」
「OK」
 船はすぐに目的地へと飛んだ。

     ★

「トーヤ!!」
 城の壁がプシュっという音と共に開いた。
 顔を出したギグの顔を見て、俺は抱きつきたいほどホッとする。
 ギグはすぐ船を出て駆け寄ってきた。
「これは…一体どうしたっていうんだ?」
「わからない、すぐに船に戻して、カナコを調べてくれ」
「あぁ、まかせろ」
 ギグはカナコを抱き上げて、船に戻っていく。俺はほんの一瞬だけ戸惑って、側に置いてあったスティックと服を掴んだ。
「…さよなら」
 誰に言いたかったわけでもない。
 呟いた俺は船に駆け込み、ドアはすぐ閉まった。

     ★

 船はすでにレリデアと交信がつながっていて、センター帰還の支持を受けた。
 到着までに船にあるカプセルでカナコを診断したけど、原因は不明。そうなると、ずっと俺たちを引っ掻き回している"魂の仕業"って可能性が濃くなった。
『トーヤの側にいるのが原因だと思っていたのよ』
 レリデアは言った。
 最初はその判断が正しいと誰もが思っていたんだ。俺だってそうだ。
「まさか二人を引き離すとこんな大事故が起きるなんて…まぁ、誰も予想はしないよな」
 ギグはようやくカナコの容態が落ち着いて、安心したところだった。
「ラルジェが様子見てるけど、もう大丈夫みたいだ。脈も呼吸も正常に戻りつつあるよ。体力は…カナコのことだからすぐ戻ると思うけど?」
『そう…とりあえず、こっちに戻ったらすぐ検査。一応だけどね。……それから、トーヤ』
「ん?」
『報告書、よろしくね』
「……迷子体験報告書なんて書いたことないんだけど」
『でも、あるでしょ、いろいろ。言わなきゃいけないこと』
 俺はモニターに向かって嫌そうな顔をして、ギグはニヤニヤ笑った。
「…了解、ボス」

 それから俺は自分の部屋にこもって、サリーを相手に報告書を書くことになった。
 迷子になるはめになった状況とか、考えられる原因とか。
 向こうに行ってから、どういう行動をしたか。
 世界の様子や個人的なことで、何か新しくわかったことはないか。
 ギグに救出されるまでの細かい説明をするわけだ。
「サリー…俺の年齢は? 細胞データで計算できるんだろ? 地球計算で」
「はい、22歳です」
「……んー…じゃあカナコの時代と比較して計算して、正確に俺の生まれ計算して」
「カナコ様の使った西暦で1547年です」
「…ふーん」
 これは命令されてやってるわけじゃなかったけど、俺は自分の個人データを開いて、出身地と同じく空白だった"誕生時間"に書き込むべきものを、報告書に付け加えた。
「これさ……計算で出るんだったら、やっといてくれてもいいんじゃないの?」
 俺がぶつぶつ言うと、サリーが答えた。
「トーヤ様が自己申告するまでそのままにしておくよう、レリデア様のご命令がありました」
「……あー…そうなんだ…」
 ともあれ、これで俺はもう恐れるものはなくなった。
 そして、守るべき星を見つけたのだ。
 残っている問題は、たぶん、カナコのことだけ。
 俺はもうすっかり彼女に執着していて、平然と別れを認められる気がしなかった。
 どうすべきか、今、全力で考え中。
『トーヤ』
「んー?」
 ギグの声が聞こえる。
『目が覚めたよ。と、同時にもうセンターにつく』
「…な…いって…っ」
 突っ伏していたテーブルから起き上がって、勢いのまま立ち上がったら、角に思い切り膝をぶつけて、俺はもだえた。けど、検査に入る前に一度くらい会っておきたくて、涙目のまま部屋を出た。

 カプセルの中に入ったままのカナコのそばに、ラルジェがいた。モニターからギグの声がして、ラルジェはつまらなさそうに部屋を出て行った。
「…カナコ?」
 俺が声をかけると、彼女のまぶたがぴくりと動いた。
 そっと目を開ける。
「……竜之介様」
「え?」
 カナコはすぐに起き上がって、カプセルのガラスに阻まれると、泣きそうな顔をした。
 すぐカプセルを開けてやったら、カナコはためらうことなく俺に抱きついた。
 あれ…なんか…どうなってるんだ、これ。
「竜之介様…」
「…いや…ちょっと、俺は」
「……どこにも行かないで」
「カナコ…?」
 その時の俺の嫌な汗。表現するのに一番いいと思うのは、まるでカナコの姿をした那津姫をつれて帰ってきたような気がしたってことだ。
 この…ドキドキは…カナコというより、姫の側にいたときに似ていたから。
 でも、姿は間違いなくカナコだし、遠慮する必要もないんだし。
「どこにもいかないよ…」
 俺はカナコを抱きしめたけど、もやもやした不安は消えず、カナコはセンターについてもやっぱり…そのままだった。

     ★

 カナコはおとなしく検査を受けた。
 案の定、異常はなく、カナコの体は健康そのものだった。
 ただ今度は彼女が記憶をなくしたみたいに、俺を竜之介と呼び、側を離れようとしなかった。
「トーヤ、ちゃんと様子見てる? 大丈夫?」
「ん、あぁ…」
 完全に寝不足の俺が船の食堂で朝食をとっているところへ、ラルジェがやってきて毎日のように聞く。
 側を離れないってことは、起きてるときも寝るときもってことだ。
 ラルジェにとってはかわいいカナコと一緒に寝られるのがうらやましいようにしか見えないんだろう。あと、夜中に夢を見て消えそうにならないか、心配してる。
 でも、そういう気配は全然なかった。
 数日過ごしてわかったけど、今のカナコは子供みたいなものだ。
 俺の手を引いて船を駆け回ったりするし、すぐ転んで目を潤ませているし、ベッドに入ると無邪気にスースーかわいい顔して寝ている。
「最近トーヤはぼーっとしてる、気をつけないと、危ない」
「……あぁ…そうだよな」
 俺は…寝不足だ。
 子供のカナコ相手に、抱きしめたいとか、口付けしてやろうとか、そういう気は全然わいてこない。それ以前に、別の部屋で寝ようとするとぐずるくせに、一緒のベッドに寝ると……寝ながら俺を蹴っ飛ばすのだ。
 本当に子供ならそれもかわいいもんだろうけど、カナコの体は大人だし、こいつの打撃は結構破壊力があるから…たまったもんじゃない。
「ラルジェ…そんなことより、俺がそのうち体中あざだらけになることを心配してくれ…」
 俺の呟きをラルジェはあんまり聞いてない。前は可愛がられると抵抗していたカナコが、ラルジェの態度に喜ぶようになったから、昼間はカナコだけじゃなくてラルジェもつれて歩くことになる。
 当然だが、こんな状態で仕事なんてできないから、毎日暇だ。
「カナコ…ちょっとでいいから…ラルジェと遊んでてくれないか?」
 ほんのちょっとでも眠りたいわけなんだが。
「いやです。竜之介様!」
「……はぁ」
「トーヤ、名前変える?」
「変えないよ…」
 ラルジェまでギグと同じようなニヤニヤをするようになった。変な笑い方を教えるなって言っておかないと…。
『トーヤ、そこにいるか?』
 ギグの声がした。彼はチームのリーダーだから、俺たちみたいに全く暇ってわけでもないみたいだ。
『レリデアが呼んでる』
「あぁ…でも、俺が行くと、もれなくカナコとラルジェがついてくるんだけど?」
『はは、かまわんさ、俺も行くよ』
「了解」
 しかたなく、俺は二人を連れてレリデアの部屋に向かった。

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